妖魔の森のギン狐(4)

千年前のまだ半妖狐のギンと幼いルキアの出会いの物語です
それははるか千年も昔の物語
少女に決して思い出させぬように妖狐ギンと妖魔の森が記憶を封じた少女の哀しい物語―――――



少女はひとりでいることを選んだ。好んだのではなかった,その幼い心で孤独と寂しさに耐えることを選んだのだ。

幼い頃から気づいていた。兄の自分に対する異常な執着を・・・
少女のそばに近づく者には何かしらの不幸が襲った。


崖から落ちて死んだ赤髪の幼馴染,急な病で亡くなった優しい寺子屋の先生,名家の嗜みとして武道を教えてくれた人懐っこい笑顔の,少女が淡い恋心を抱いた青年師範も何故か行方不明となった。

そして,ついに兄を猫可愛がりしていた近隣の村々を束ねる領主であった父と母が相ついで亡くなった。
幼い少女の美しさに将来,妻に迎えたいと言った都からやってきた国司との縁談に両親が乗り気になっていた直後のことであった。若くして家督を継いだ兄はその申し出をにべもなく断り,その話は立ち消えとなった。しかし,話はそれだけでは終わらなかった。
その国司が謎の熱病で身罷ったという噂が流れてくるまでは・・・

村で一番のガキ大将でいつも少女を庇ってくれた赤毛の少年が死んだ後,領主の姫君である少女と遊んでくれる子供はいなくなった。

そんな時,少女は子犬を拾った。迷子なのか親とはぐれたのか一匹で鼻を鳴らし,腹を空かせていた。珍しい橙色の毛並みの淋しげな子犬の瞳が自分と重なり,ほっとけず少女は屋敷に子犬を連れ帰った。

懸命に兄の前に手をついて少女は屋敷で飼うことを許してくれるように嘆願した。
意外にも兄は咎めることもなく少女が犬を飼うことを承諾した。
それからの犬との楽しい日々・・・毎日毎日一緒に遊び,うんとよい名をつけてやろうと楽しく悩む束の間の優しい時間が過ぎていった。

そんな時間が唐突に断ち切られた。子犬の死という最悪の形で・・・

田畑を荒らす山の獣を駆除するために仕掛けられた毒餌をあやまって食べたと聞かされた子犬はルキアが見つけたときはすでに冷たくなっていた。

まだ名前すら付けてはいなかった犬の墓の前で涙を流す少女に,真実を知らせたのはその日限りで暇をとることになっていた下女からであった。少女を可愛がってくれていたその女がそっと耳打ちしてくれたのだ。

真実を知った瞬間,少女の心は凍りついた。

「この犬を毒殺なさったのは兄上様でございます。兄上様が附子(トリカブト)を餌に混ぜて・・・どうかお気をつけなさってください姫様・・・」

その後の下女の行方を少女は知ることが出来なかった。里に下がったと聞かされたが,その里が何処なのか兄は少女に告げなかった。冷厳なる兄が少女に言った言葉は一言だけであった。

「下々の者などと関わってはならぬ。」

やがて領主様の妹に近づくものはすべて死ぬ。そんな呪いのような噂が流れ,子供だけでなく村人の誰も少女には近づかなくなった。
何かに情を移せば皆兄に殺される・・・そう気づいた少女は人にも生き物にも心を寄せるのをやめた。

少女はたった一人で遊ぶようになった。人は決して近づいてはならぬと噂される禁忌の場所『妖魔の森』で。
伝え聞いた話によるとこの森は森が気に入った者しか入ることを許されぬ魔性のものの集う森であるという。
近づくものすべての命を奪うと噂される少女は,自分になんと似つかわしい場所なのだろうと思った。
少女は人間でいたいといつからか思わなくなっていた。
魔性のものであれば兄から逃げられる。

夜毎繰り返されるあの忌まわしい行為からも・・・

少女は毎日妖魔の森で遊んだ。最初の頃はまだ慣れず,入り口に近い場所で木に登ったり花を眺めたりしていたのだが,日が経つにつれ,だんだん少女は森の奥深くに入っていくようになった。不思議なことにどんなに深く森の奥に入っていっても少女が道に迷うことは一度もなかった。

そして,そんな日々の中少女は,森に暮らす少年に出会ったのである。

少女が綺麗な木の実を拾いながら歩いていると,頭からパラパラと木の実を落とす者がいた。驚いて見上げると高い樹の梢に白い着物を着た少年が座り,からかうように笑っていたのだ。

「この森のこんな奥にまで入って来れるなんてなぁ。キミ,ほんまにこの森に気に入られたんやなあ。」

少女は驚きに眼を見はって少年を見上げた。少年はほっそりとして軽そうではあったが,枝はどう見ても少女の腕ほどの太さもない,到底その重さを支えきれる枝には見えなかった。

少年は呆けたような少女の顔を見おろし,くくっと独特な笑みを浮かべたまま,ひらりと音もなく少女の前に舞い降りた。
少女よりも頭一つ分背の高い,やや年嵩に見える銀色の髪の少年であった。
人懐っこいというよりもむしろ人を喰ったような子供らしからぬ笑顔,にんまりと持ち上がった口角,表情のよめない細い瞳,どこか狐を思わせる容貌の少年は少女を楽しげに見つめながら口を開いた。

「キミ,里の子ぉやろ?なんでこの森に入ってきたん?里の者は山菜かて,この森には取りに入らんの知っとるやろ?」

「確かに,この森は里の者が禁忌にしている場所だ。しかし,私はこの森が好きなのだ!好きな場所にいて何が悪い?」

自分よりも背の高い少年をまっすぐに見つめ自分の意見をはっきりと口にする少女の姿に少年の人を喰ったような笑みが引き,真面目な顔でじいと少女を見つめた。

微かに開眼した淡い淡い空色の瞳と深い深い藍紫の菫の瞳が重なる。
さやさやと樹々が風に鳴り,優しい花の香りがふたりを包んだ。
妖魔の森を吹き渡る風の調べは少年と少女にくすくすと笑いかけるようにやさしく謳った。

「面白い子やねえ,キミは。」

不意に少年は零れるような笑みを浮かべると,少女に問いかけた。

「ボクは,ギン!この森で暮らしとるんや。キミの名前は?」

「私は・・・くち・・・いや,ルキア,ルキアだ!」

「ルキアちゃんか。ええ名前やね。ボクと一緒に遊ばん?」

「私と・・・?」

「うん!ボク,キミと友達になりたいんや。」

そう言うやいなやギンはルキアの小さな手を握るとさらなる森の奥へと駈け出した。
綺麗な花の咲いている場所,美味しい木の実や草の実がなっている場所,ギンは妖魔の森の隅々迄を知っているようだった。
花冠の作り方を教えてもらい,綺麗な蝶や銀色の羽を持つ蝗を見ては歓声を上げ,ルキアは笑った。
楽しくて嬉しくて,心が満たされていく・・・ルキアは笑いに笑った。

ルキアの鈴をふるような笑いに,応えるように笑っていたギンがふいと笑顔を消してルキアを見つめた。

「なんでそないに悲しい顔するん?」

「えっ?」

先程から笑いやめることすら困難なほど笑い転げていた自分に向けられたギンの問いに訳がわからずルキアは問い返した。

「キミの笑い声,泣いてるみたいに聞こえるんや。」

「何を馬鹿なことを・・・」

笑い飛ばそうとした瞬間,視界が揺らいだ。頬を熱い何かが滑っていく。
ルキアの唇から胸に秘めていた悲しみがあふれ誰にも打ち明けたことのない言葉を紡いでいった。

「わ,私は里に居場所がないのだ…どこにいても災いを呼ぶ。私さえいなければ誰も死ぬことなどなかったのだ・・・私は呪い子,災いの子なのだ。この森だとて禁忌の場所と呼ばれているが神域だ。本当なら私のような者がいていい場所では・・・」

温かな手のひらがそっと少女の頬に触れる。

「泣かんといてや。泣かすつもりなんかなかったんや。キミが災いの子なんかであるわけないやろ!キミはこの森に気に入られたんや。だからこの森はキミの場所や。だから,もう泣いたらあかん・・・」

少年の手が少女の涙をそっと拭い,困ったように少女の顔を覗き込むと,薄い胸におずおずと少女を抱き寄せた。

あたたかい・・・

久しく感じることのなかった温もり,少女は少年の胸に縋って泣いた。あの日,子犬を失ってから初めて流した涙であった。
自分の為にたくさんの者たちが死んでいったことを知ったあの日から,自分には涙を流す資格すらないと抑えてきた涙が溢れて溢れて止まらなかった。
少年は黙って少女を抱きしめ時折優しく安心させるように軽く背をたたいた。
ようやく泣き止んだ少女が少年の胸から恥ずかしげに顔を上げると,ぺろりと柔らかく温かなものが眦にあてられ涙を舐めとった。

「ひゃ!ひゃあ!?何をするのだ?」

「もう泣かんでええおまじないや。また泣いたらボクがぜえんぶ舐めたるからな!だからもう泣いたらあかんよ!」

笑いながらもう一度目元を舐められる。

「た,たわけ―――!!待たぬか!!」

顔を真赤にし,両手をふりあげて怒るルキアをからかうように身を翻すと鬼ごっこに誘うかのようにギンは少し離れたところから手招きをする。

ルキアは笑いながらギンのあとを追いかける。今度こそ本当の笑顔で…



楽しい時はあっという間に過ぎ去る。
ルキアは黄昏の色が濃くなってきた空を見上げ,いやいや口を開いた。

「もう帰らなければ・・・」

「もう,帰るん?ボクまだキミに案内してないとこいっぱいあるのに・・・」

不服気なギンの顔を見上げルキアは淋しげに笑った。

「明日また来る…」

ギンは少女の髪に銀色に光る雛罌粟によく似た花を一輪さした。

「ギン…?」

「明日も会えるおまじないや。」

「うん。ギン,また明日。」

「またなぁ,ルキアちゃん」

くるりと背中を向けて走り去っていくルキアの小さな背中をギンはいつまでも見送っていた。



ルキアは今まで以上に足しげく妖魔の森に通うようになった。
ギンはルキアをいつも森の入口で待っていた。ふたりはかくれんぼをしたり鬼ごっこをしたり,森に咲く花で花冠を拵えたりして遊んだ。
昼になるとルキアが用意してきた弁当を分けあい,森の奥に湧く泉の水を飲み,甘い木の実を食べた。
遊び疲れ,涼しい木陰で並んで昼寝をする。
木漏れ日がゆらゆらとすやすや眠るふたりにひかりの輪を投げかけ,優しい風がふたりの髪を柔らかく凪いでいく。

無邪気で幸せな日々…




そんなある日の夕方,帰り際のルキアの顔に漂ういつもとは違う色濃い憂いにギンは気がついた。いつも森をあとにするルキアの顔は淋しげであるが,今日のルキアの表情には怯えと子供らしからぬ苦悩に満ちた諦観が漂っていた。

「ルキアちゃん,どないしたん?そないな顔して…」

「どうもせぬ。いつもと同じだ。」

ルキアはギンに笑いかけた。ひどく痛々しいその笑みに何故かギンはそれ以上尋ねることができなくなった。ギンはおまじないの銀色の花をルキアの髪にさすと言った。

「じゃあ,ルキアちゃんまた明日。」

「ん…さよなら,ギン…」

ルキアはすがるようなギンの視線を振り切るように踵を返すと走りだした。
今日は近隣の村の視察に出ていた兄が帰って来る。そして…おぞましい夜がやってくる…

ルキアは地獄に続いているに等しい家路をたどるしかない自分の身を呪った。



無残に兄の足で踏みにじられた銀色の花,兄に腕を掴まれ寝所へと連れて行かれながらルキアは込みあげる嗚咽を必死でこらえた。

そして,その夜をただただ,ギンのことを森のことを思いながら・・・耐えた。



to be continued…
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