ルキア誕生日おめでとうSS―『窓の贈り物』

ルキアと一緒の少しだけ長めの休暇を取ろうと柄にもなく真面目に仕事に勤しんでいた市丸隊長に降って湧いたような討伐隊の指揮官任命。凹むギンに対してルキアはあまりに冷静で…

※『この心はすべてあなたに~着物にまつわる嫉妬2』に内容がリンクしています。
「はあ…」

何度目のため息であろう。
朽木ルキアは市丸ギンの私邸の一室で,体育座りをしながらぼんやりと宙を見つめていた。
いつものルキアならこの部屋に居て退屈するようなことはまずないと言うのに,その表情はさえない。ルキアが今いるこの部屋はギンがルキアのために用意した,尸魂界で女性死神の人気ナンバーワンのうさぎのキャラクターチャッピーグッズの為に用意された『チャッピーのお部屋』(ルキア命名)である。
その膨大な数のチャッピーグッズ数と種類たるや,ぬいぐるみ,ハンカチ,キーホルダー,カップ,根付,アクセサリー,etc……この部屋だけで店が開けそうである。
しかし,作りつけの棚,箪笥の上,サイドボードの中,部屋中所せましと埋め尽くされ,陳列されているチャッピーのぬいぐるみもグッズも今日はルキアの心を慰めてはくれなかった。
ルキアはもう一つため息をついて天を仰いだ。
天井から柔らかな光が降り注いでくる。尸魂界の家屋では珍しい天窓である。
チャッピーグッズを陳列するため壁の隙間がほとんどなくなってしまい,窓すら塞ぎかねない部屋の状態を見かねてギンが作らせたものだ。
部屋の中から空が見える,ルキアは珍しくこのギンからの贈り物を大いに喜び,ルキアの笑顔に大満足のギンと共に子供のように部屋にねころび飽かず空を眺めたものだった。
あの日見上げた時と変わらず空は青く燦々と光は射しているというのに,あの時のわくわくするような高揚感はルキアのなかにはない。
認めたくはないが,ルキアの憂いの原因の一つは,この邸の主であるギンがいないと言うこと,そしてもう一つは…
話は三日前に遡る―――


「そういう事情なら致し方がないではないか!何故私に怒るのだ?」

三番隊隊主室に凛とした少女の声が響く。
その声に,苛立ちを微塵も隠さない独特の響きを持つ男の声がかぶさる。

「怒っているわけやないよ!せっかくの二人の休暇なのに恋人に仕事が入ってしもうたんやで,なんで少しは怒ってくれへんの?」

互いに睨み合うかのように見つめ合っているのは隊主室の主市丸ギンと書類を届けに来た十三番隊隊士朽木ルキアである。
隊舎ではよく見かける風景であるのだが今日の喧嘩はやや趣が違っていた。
この喧嘩の原因はそもそも二人の休暇の直前に三番隊隊長であるギンにどうしても外せない仕事が入ってしまったことにあった。しかし,拗ねているのは急な仕事が入ってしまい連休返上になってしまったギンの方で,すっぽかされることになってしまったルキアが冷静なのだから相変わらずの二人である。
せっかく二人で過ごすために計画を立て,珍しくギンが真面目に仕事をして,苦労して合わせることが出来た三連休。それなのに,よりによってギンに虚討伐責任者代行の任がまわってきたのだ。
今回の任務は,かなり大がかりなもので,討伐だけでなく近隣住民の避難,新型虚のサンプル収集なども含まれており,しかも潜伏する虚集団の規模が大きいため最低でも殲滅に十日以上はかかると噂されていた任務である。
つまり二人の休暇(本当はギンだけ)が白紙になってしまったのだ。
もちろんルキアだとて残念であるし,不満がないと言えば嘘になる。今回の二人きりの休暇を正直楽しみにしていたのだから落胆もしている。
しかし,仕事であるのだからギンを責めるつもりもない。内心の落胆を堪えて心よく送り出そうと健気にも思っていたというのに喧嘩になってしまうとは……
しかも,そのことでルキアがギンに怒ると言うならまだ納得がいくのだが,今,不機嫌オーラをめいっぱい発散させながら,思い切りふくれた顔でルキアに詰め寄っているのは急な仕事が入ってしまったギンなのだ。しかも,その理由がルキアが急な仕事の入った恋人に対して怒らないからだと言うのだから,空いた口がふさがらない。
そんな恋人の理不尽な態度を,ルキアは冷ややかな態度を繕って見据えるしかなかった。内心では不毛な言い合いにうんざりしたため息をついてはいたけれど。

(どこまで子供なのだ,この男は……)

(ルキアちゃんは男心をまるっきり分かってへんのやから……)

ルキアとギンは思いが噛み合わぬまま,心の中でぼやいた。
もちろんギンだとて,ルキアのクールで余裕のある(ギンにはそう見える)態度に拗ねまくる自分が我ながら子供っぽいなという自覚はあるのだが,こればかりはどうにも出来ない。つまり,その位自分はこの休暇を楽しみにしていたのに,ルキアはそうでもなかったのかと疑いたくもなるほど平然とした様子が憎らしくも,寂しくてたまらないのだ。
それに,この降ってわいたような災難が偶発的なことではないことをギンだけがわかっているということもこの不機嫌の原因でもあった。
そう,二人の休暇の直前に自分にだけ緊急の仕事が入るなどと言うのは,ルキアを愛する恋敵達の陰謀に間違いないのだから。
そもそも,この遠征はずいぶん前から計画されていて,責任者も決まっていたのだ。
十三番隊隊長浮竹十四郎に!
あの病弱な浮竹が進んで遠征に行くことを希望するなんて酔狂なこっちゃ,とギンは訝しくは思ったものの,その時はたいして気にもしていなかった。
しかし,浮竹の体調が急変して遠征に行くことが出来なくなったと言う報をきいたのが昨日の昼過ぎのこと。
そして,手が空いている隊長は,休暇に入るためにさしあたって必要な仕事は全て終え,急ぎの仕事も入っていないのは三番隊隊長市丸ギンだけであると言う狙いすましたかのような情況。嫌な予感を感じるよりも早く六番隊隊長の朽木白哉からの推挙で,山本総隊長直々に責任者代行で虚討伐に向かうことをギンが任命された,と聞かされたのが今朝のことであったのだ。そう,休暇の前日である今日……
この用意周到に計画された陰謀に気付けなかった自分にも腹がたつが,説明したところで敬愛する義兄,優しい上司が自分の恋人を陥れるなどと夢にも思っていないルキアには一笑にふされてしまうだろう。
何も知らないルキアに,この悪魔二人の陰謀を非難して怒ってほしいとまでは言わないし,言えないけれど(信じないだろうし)それにしても恋人にふりかかった理不尽な災難に,もう少し怒ってくれてもいいではないか……
それがたとえ,ギン自身に向けられたとしても構わない,ルキアの自分への想いが見たかったのだ。
はっきり言って,「いや,いや!楽しみにしていたのに仕事なんて,知らない!バカ!」「ごめんな。仕事なんだ…この埋め合わせは必ずするから」的なシチュエーションをギンはルキアに期待していたのである。どの道,遠征には行かなければならないのだから,尚更であった。
しかし,その期待は完璧に裏切られた。落胆で憔悴せんばかりの顔で休日返上の任務について切り出したギンに対し,ルキアは憎らしい程冷静であった。

「そうか。それは仕方がないな。気を付けて行って来い!」

だけ……

ルキアの生真面目な性格上,自分の期待通りのシチュなど望むべくもない事はわかってはいたが,ほんの少しでもいい,恋人が蒙った理不尽さに怒り,状況を嘆いて駄々をこねて欲しかったのに。
ルキアはギンのそんな思いも知らず,ギンにしてみれば冷たく容赦なく聞こえる凛とした声で言い放った。

「とにかく,誰か腕の立つ者が行かねばならない任務であろう。兄様がおまえを推薦したのもおまえの腕を見込んでのことだろうし,浮竹隊長の代行をしかと勤めてきてくれ」

ルキアにしてみれば何とか優しく聞こえるように,諭すようにギンに言ったつもりであった。自分の我侭で無辜の民を危険に晒すようなことはあってはならないというルキアの矜持ゆえの言葉であった。

「……」

ギンはそれには答えず,ルキアをじっと見つめた。この心を開いて見せてあげられたなら自分の想いが少しはこの少女に伝わるであろうか。
狂おしく,もどかしい程にルキアを愛している,一瞬だとて離れたくはない。
自分と同じくらい想ってもらうことは望めないかもしれないが,せめて欠片でもいい,自分のことで心を動かしてほしい,それだけだというのに……

(その程度のもんなん?キミにとってのボクは…)

ギンは小さくため息をついた。
つれない恋人,決して思い通りにはならない高潔な魂と崇高な矜持を持つ少女。
空に輝く至高の月に愛を叫んでも所詮徒労なのであろうか…

「そうか……わかったわ」

ギンはルキアの頬にそっと触れると踵を返した。

「あ……」

思わずルキアはギンを引き止めそうになった。
別れの前の大げさな程の抱擁がなかったのは初めてのことであったからだ。
身を離そうとしなければ決してやめようとしない甘い優しいくちづけも…
ギンは振り返らず,そのまま虚討伐へと発って行ったのだった。
そのさびしげな背中だけがルキアの瞳に映ったギンの最後の姿だった。
普段どんなにいいかげんで軽く見えても,ギンは三番隊隊長である,難しい任務とはいえ滅多に後れをとるようなことはないだろう。
おそらく十日後にはあの飄々とした笑みを浮かべながらルキアのもとに返ってきてくれる。
しかし,ギンのこの態度はルキアの胸の中に抜けない棘のような痛みを残していったのだった。


ギンが遠征に出た以上ルキアも休む気になどなれなかった。
ルキアは連休を取りやめて,遠征のために人手不足となっている他隊の仕事の手伝いにまわった。細かい雑務も,書類仕事も,遠征部隊からの定期連絡を聞くために夜勤も引き受けた。
それにしても,ギンが遠征に出てからの自分はそんなにも元気のない顔をしているのだろうか……?
浮竹隊長には食事に誘われ,阿散井恋次には茶店に誘われ,斑目一角と綾瀬川弓親には飲みに,阿近には元気が出ると言うあやしげな茶を振る舞われた。
やたらとものをもらうのも不思議であった。更木剣八に護身用の懐剣を渡され,草鹿やちるからは金平糖の大袋,日番谷冬獅郎からは色とりどりの甘納豆を,吉良イヅルからは最高級の黒蜜を一瓶,顔色の悪さを心配した山田花太郎からはビタミン剤と鉄剤と可愛らしい硝子のウサギのストラップを。
ルキアは,自分のことを周囲の者達が驚くほど細やかに気遣ってくれ,やたらにねぎらいの言葉をかけられることに戸惑うばかりであった。
そして,何故かせいぜい顔見知り程度の者からも,たくさんの誘いや差し入れがあった。ほとんどは丁重にお断りさせて頂いたが,ルキアは大勢の人々の好意(口説かれているとは思いもしないのだ)が嬉しい半面,こんなにも気遣われてしまう自分を情けなく思った。
今朝だとて,ほとんど朝餉の膳に手をつけず,大好物のきゅうりの浅漬けさえ残しているルキアに久しぶりに差し向かいでともに箸をとっていた義兄の白哉が食事中には珍しく口をきいた。

「ルキア,食が進まないようだな。気分が悪いのなら典座と薬師の手配をするが……」

「いえ,ご心配は無用です。ただ,食欲がないだけです」

食事中の作法に厳しい義兄にまで気を遣わせてしまうとは重症である。
そんな風に思うルキアであったがまわりから見れば痛々しいほどにやつれ愛らしい桜色の頬が青白く変わり小柄な身体が更に一回り細く見えることに本人には全く自覚がないのである。
ろくに休憩も取らずに働き続けるルキアにとうとう浮竹が隊長命令で早退させたのは,ギンが遠征に出かけて三日後のことであった。
朽木家に帰っても義兄の指示で家の者達に気遣われてしまうのは,気が重かったルキアは今夜は白哉が仕事で邸に帰らないことを幸いに,執事の清家には夜勤が入ったと告げ,まっすぐにギンの私邸にやって来たのだった。
ルキアは屋敷中をくまなく掃除し,窓や襖を開け放し,空気を入れ替えた。ギンがいつかえってきても居心地よく過ごせるように。
あんな別れ方をしてしまったギンへの侘びと言う気持からだけでなく,ギンの不在の寂しさを少しでも紛らわせたかったのだ。最も,普段からきれい好きのルキアがこまめに掃除しているため,半時も経たず,邸の隅々まできれいになってしまったのだが。

邸のあちこちにギンの痕跡がある。かけられている羽織,ルキアが贈った湯呑,いつも並んで座る長椅子,ギンの朗読する声が好きで,時折せがんで読んでもらう童話や絵本が並ぶ書棚。
その一つ一つに胸が切なくしめつけられたが,それでもこの邸に満ちているギンの自分への愛情が確かに感じられて,護られているようでルキアは安心できた。
この『チャッピーのお部屋』のチャッピー達もほとんどがギンから贈られたものであった。
ルキアはその一つ一つを自分に手渡した時のギンの顔を全て覚えていた。
懇願する様な顔,泣きそうな顔,すねたような顔,困ったような優しい笑顔…およそ自分よりもはるかに年上の男が自分のような小娘に向けるような表情ではなかったが,その全てがルキアには宝物であった。決して決してギンには言うつもりはないけれど…
自分はいつもギンのことを子供っぽいだの,嫉妬が過ぎるだの咎めるが,本当はルキアだとてギンの周りを取りまく者に心乱されることが間々あるのだ。
客観的に見てもギンは綺麗だと思う。
男の容姿を表すにはいささかおかしいかもしれないけれど…
すらりとした長身に,さらさらとした癖のない銀髪,整った端正な顔立ち,いつも細められているけれど,たまに開眼しルキアを真摯な瞳で見つめる時の顔は見とれるほど妖しく美しい。
偶然その顔を見た者はあまりの男前ぶりに,我を忘れて失神してしまったと言う…そんな都市伝説のような女子隊士の噂もたまに耳にする。
女性死神達からの人気がかなり高いことをそういう方面に疎いルキアでさえよく知っていた。(最も,現在はルキアへのあまりの溺愛っぷりに相当引かれていてかなり下回っているのだが…)
自分と付き合う以前は,自分とは似ても似つかぬ豊満な肢体の美女たちと次々と浮名を流していたことも。

かつて,ギンに袖にされた女子隊士がルキアを呼び出して詰ったことがあった。

「あんたみたいな子供に,あの市丸ギンが惚れるわけがないじゃない!!自惚れない方がいいわよ!所詮,あんたなんかあの人にとってちょっと毛色の変わった玩具,ただの気まぐれのお遊びよ!!」

ルキアは言い返せなかった。その女子隊士は肉感的な美女であった。
自分の貧弱な身体,少年のような面ざしをルキアは自覚していた。ギンの愛情を信じてはいてもギンが一体どうしてこれほどまでに自分を愛し,強い執着を見せるのか自分でさえさっぱり合点がいかないのだから,周りは尚更であろう。
ルキアは切ないため息をつく。

己を知らないというのはいっそ罪深いのではないかと思わせるほど,ルキアの自信のなさは相変わらずである。
雪のように白い肌,人形のように整った愛くるしい顔,美しい藍紫の瞳に恋焦がれているものがこの瀞霊廷内でどれほどいることか。そして,その華奢な体躯,たおやかな花の茎のような細腰,すらりとした美しい足を想像させる袴からわずかに覗く貴族的な繊細な足首,ささやかであるが形のよさそうなまろやかな胸のラインは,豊満な肢体以上に男心をそそり,見つめる者に支配欲と嗜虐心を滾らせていることになど,まるで気が付いていないのだ。
ギンと恋人同士になり,いっそうルキアは美しくなった。
その凛とした清冽な姿のなかに時折垣間見せる,極上の男に激しく愛し愛されている女のみがまとうことのできる匂やかな色香と艷麗さは傍らに咲いている花が恥じらうどころか焦がれるあまりに身を捩りその花弁を散らし身を捧げるのではないかと思われるほどであるというのに…

ルキアは瞳を閉じ,己の体を抱きしめた。

(ギン…)

本当は,休暇を共に過ごしたかった。二人で遠出する楽しい計画を立ててもいいし,どこにも行かずギンの私邸で二人でゆっくり過ごすだけでも良いと思っていた。
でも,自分がどれほどがっかりしているかをギンに見せたくはなかった。
虚討伐は死神の重要な任務であるし,決定に私情をはさむ余地などない,それに何よりもギンを困らせたくなかっただけなのだ。

本当に…?

ふと頭に浮かんだ疑問符にルキアは目を伏せて自分の心の奥を探る。

…いや,本当は弱みを見せたくなかったのかもしれない。

ギンがいつも感情を素直に示してくれればくれるほど,自分は素直になれないでいる。
本当は気づいていた,それが自信のない自分の情けない保身であることを。
一言,「おまえと一緒に過ごせないのは残念だ」と言えたなら,あんな気まずい別れ方をしなくて済んだものを。
ほんの少しだけ素直になれていればギンは自分を抱きしめて笑って遠征に出かけていったはずなのに…
ルキアはうつうつとした気持ちで自分を取り巻くチャッピー達を見るともなしに見つめていた。

(…!?…)

その時,たくさんのチャッピー達の中ににんまりと笑いかけるギンの笑顔が見えたように思えた。はっとしてその場所に視線を止めたルキアの顔に思わず微笑みが浮かんだ。
それは,以前ギンの誕生日に,何故かギンから自分に贈られた狐のぬいぐるみであった。
柔らかな白いフェルトで作られた白狐のぬいぐるみ。にっこり笑った細い目に愛嬌がある。ルキアはギンにそっくりのぬいぐるみを手にとって胸に抱きしめた。

そう,その日はギンの誕生日だと言うのに,けんか別れをしてしまいルキアは心を落ち着けようと思ってお気に入りのファンシーグッズが揃っているお店に入ったのだった。
そこで偶然見つけたギンにそっくりのこの狐のぬいぐるみ,それを見た時,思わず素直に口に出てしまったギンへの想い。
こっそり付いてきていたギンに全て聞かれてしまい,赤面した自分を思い出しルキアは苦笑した。そんな自分にこのぬいぐるみを手渡した時のギンの嬉しそうな笑顔……
ルキアは狐のぬいぐるみに祈るように呟いた。

「ギン,本当はとてもとても,残念だったのだぞ。おまえと休暇を過ごせないことが…本当に私は素直じゃないな。すまぬな,こんな可愛くない恋人で…どうか無事に,早く,早く帰ってきてくれ……」

ぽたりと瞳から滴がおちた。寂しい,寂しい,本当はルキアだとてギンと離れたくなどなかったのだ。何時だってあふれるほどの愛を受けて,自分はずいぶん傲慢になっていたのかもしれない。こんな意地っ張りでつれない恋人など愛想を尽かされてもしょうがないかもしれない。
ルキアはぬいぐるみを抱きしめて,ころんと横になった。天窓からは銀色に輝く満月が見えた。気がつかぬうちに夜になっていたらしい。
ルキアはぬいぐるみを抱いたまま,瞳を閉じた。せめて夢の中ででもいい,ギンに会いたい。この三日間ほとんど眠っていなかったルキアはぬいぐるみを抱きしめ,泣きながら眠ってしまった。優しい月明かりだけがルキアの白い愛らしい寝顔を照らしていた。


ルキアが泣きながら眠りについた半時後,天窓に影がかかりゆっくりと窓が開かれた。
満月を背にして立つ長身痩躯の影,さらさらの銀髪が月光に煌めいている。

「あらら,驚かそうと思うとったのに,寝とるんか」

眠るルキアの傍らに音もなく降り立ったのは,先程までルキアの心を占めていた(眠っている今も)市丸ギンその人であった。

「やっぱり,この部屋にいたんやね」

ギンはすうすうと寝息をたてて眠るルキアの顔を嬉しげに見つめ微笑んだ。
虚討伐に向かったギンは,自分を足止めするためとしか思えぬ,浮竹十四郎が立てた日数はかかるが犠牲者が最小限で済む慎重で周到な安全策を重ねた虚殲滅計画,その計画を悉く無視した。
一体一体を確実に倒し,徒党を組む虚集団を弱体化させてから,中心となっているボス虚をたたくと言う作戦など,ギンには眼中になかった。止めだてされると面倒だと踏んだギンは夜陰に乗じ,単身でほとんど山一つを根城にしていた虚達を卍解の一撫でで根こそぎなぎ倒し,始末をつけてきたのだ。
翌朝,全身虚の返り血にまみれ阿修羅のような形相で野営地に戻ったギンを見て,失神した隊士たちもいた。
生体サンプルを必要としていた十二番隊の者達の嘆きをよそに,事後処理を全て部下達に任せ,とるものもとりあえず瞬歩で帰ってきたのであった。
報告のためにやむなく先に寄った隊舎で,残って書類仕事をしていた副隊長の吉良にその凄惨な姿を仰天され,なかば強引に着替えと洗顔をさせられた後,山本総隊長への報告もそこそこにギンはルキアの元に舞い戻って来たのである。
三日ぶりに会うルキアの寝顔を見つめ,艶やかな黒髪を優しく撫でた。ほんの三日会わなかっただけなのにひどく懐かしい。そして愛おしい。自分がいない間のルキアの様子を副隊長の吉良から聞いているので無理に起こすような真似はしない。

「少し,痩せたみたいやね。ボクがいなくて少しは寂しい思うてくれてた?」

そっと愛らしい顔を覗き込むと,そこに涙の痕があるのがわかった。
そして,しっかりとその胸に抱きしめられているのは,お気に入りのチャッピーではなく,ギンにそっくりの白狐のぬいぐるみ。

「……!?」

自分を思って泣いてくれていたのだろうか,いやまさか,でもこの状況はどう見ても。
ギンはルキアを起こさないようにそっと抱き上げ,胸に抱きしめた。
かつて素直な気持ちを吐露した,このぬいぐるみを抱きしめているということは意地っ張りの恋人が,素直になりたい気持ちを託して自分を思って抱いていたのだと考えるのは自惚れが過ぎるであろうか。でも,もしそうであるなら……
ギンは答えを求めるかのようにルキアの寝顔を見つめた。
その気配を感じたのかルキアの瞳がうっすらと開いた。薔薇の蕾のような唇が震え,微笑が広がる。

「何だおまえは,姿まで変えられるのか…ふふ,ギンにそっくりだ」

寝ぼけているのか胸に抱きしめているぬいぐるみと自分を間違えているらしい。
愛しそうに優しい切なげな視線でルキアはギンを見つめ微笑んだ。

「のう,きつね,またギンに私の言葉を届けてくれないか?おまえに会えなくて寂しいと…会いたいと……」

「…!?……」

再び閉じられる長いまつげに縁取られた薄いまぶた。
信じられないようなルキアの言葉にギンは驚きと共に,こみあげてくる嬉しさと愛しさで胸が詰まった。自惚れではなかったのだ。ルキアは本当に自分を思って泣いてくれていたのだ。寂しいと,会いたいと祈るように願っていてくれていたのだ,ギンによく似た狐のぬいぐるみを抱きながら。
怒涛のように押し寄せる圧倒的な幸福感に狂ってしまいそうだった。たまらなくなってギンは思わず口を開いた。

「ルキアちゃん…ボクや……」

もう少し寝かせておいてあげたかったが,もう我慢できなかった。囁くように話しかけ,そっと優しくゆすぶる。

「ん……」

再びルキアはうっすらと眼を開けた。ゆらゆらさまよう眼の焦点が少しずつ合いギンの顔でぴたりと止まった。眼の前にギンがいることを認めると,ルキアは驚愕して眼を見開いた。そんなルキアを見てギンは少しおどけたような声音で話しかけた。

「本物や!キミのギンやで。帰って来たんや」

「えっ!?あ…ギン!?まさか,貴様,虚討伐中に抜け出してきたのか?」

眼が覚めてしまうといつものルキア,先程の言葉の甘さは欠片も残っていない。
日頃の行いのせいとは言え,まるっきり信用されていない第一声に苦笑しながらギンは安心させるように笑いかけた。

「頑張って終わらせてきたんや。早くルキアちゃんに会いとうて」

「そうか…きちんと終わらせてきたのなら,それでよい。ご苦労だったな」

ねぎらいの言葉もまるっきり色気のないものだが,もうルキアの本音はわかってしまった。
だから,どんなにつれない態度をとられてもギンは気にならなかった。

「ルキアちゃん,会いたかったわ。ボク,ルキアちゃんに会いとうて会いとうて死にそうやった……」

ルキアの表面だけに過ぎないそっけない態度には構わず,ギンはしっかりとルキアを抱きしめ,頬をすり付けた。すべすべした柔らかな頬,嬉しさと心地よさに陶然とする。
もっと柔らかくて甘い唇をギンが奪う前にルキアが遮るように言った。

「ところで,おまえはどうやって家に入ってきたのだ?内鍵をかけておいたから合鍵があっても入れぬはずだが」

ギンはにっこりと笑って天を指さした。天窓が開かれている。天窓の鍵が開いていたとは流石に気が付かなかったルキアは眼を丸くした。

「ピーターパンのように登場したかったんやけどなあ」

「とうがたち過ぎておろう。ぴーたーぱんは永遠の少年なのだぞ」

いたずらっぽく囁くギンの言葉にルキアはくすくすと笑ったが,ふと気がついたように頬を赤くした。

「…ところで,私は何か寝言でたわごとを……その,つぶやかなかったか?」

どうやら,うっすらと先程の記憶があるらしい。ギンはくすっと笑ったが,このことでからかうのはやめにした。自分にとって一生の宝物になるルキアの言葉,たとえ羞恥故であっても否定されたくはなかった。

「なあんも。ルキアちゃんは,よお寝とったよ」

「そうか……」

本当はギンが全て聴いてしまったことはわかっていた。でも,今日はこの優しい嘘に甘えよう。いつか本当に素直な言葉を口に出せるまでは……

ルキアはギンの頬にふれ,形のよい薄い唇をなぞった。ギンがたしかにここに居ることを確かめるように優しく撫でる。ギンはその柔らかな手をそっと握り,くちづけた。
二人はしばらく互いの存在を確かめるように無言で見つめ合っていたが,不意にギンが口を開いた。

「なあ,ルキアちゃん。今日,何の日か覚えとる?」

ルキアはチャッピーの掛け時計の針が十二時を過ぎているのに気がついた。昨日の日付が十三日だったから…

「え,確か…一月十四日では?」

きょとんとして答えるルキアにギンは呆れたように笑った。

「ルキアちゃんの誕生日やん。忘れとったの?」

「あ……!」

なるほど,これでここ数日,やたらに誘いを受けたり,ものをもらうことが多かったわけだ。すっかり忘れていたが自分の誕生日であったのか(それだけではないと思うが)。
ギンのことで頭がいっぱいであったルキアは自分の誕生日のことなどすっかり失念していたのだった。
そんなルキアの様子を嬉しげに見つめながら,ギンは再びルキアを抱きしめ,優しく押し倒す。

「リボンは付いてへんけどボクはキミへの贈り物や。受け取ってくれなあかんよ」

笑いながら耳もとで囁かれるギンの甘い声。声だけでとろけてしまいそうだ。
それでも,嬉しさを隠してルキアは少しからかうようにギンに訪ねる。

「誰からの?」

送られる以上は送り手がいる。そうくるか?
ボクからや!と答えるのも芸がない。ギンは少し考えてにっこりと笑った。

「窓からの……」

ギンのしゃれた答えにルキアはくすくすと笑った。その唇をギンが優しく塞ぐ。三日ぶりの甘く優しいくちづけ。唇に耳もとに首筋に,降りそそぐギンの愛に全身が満たされていく。幸せな微笑みを浮かべ,ルキアはこの世界一大切な窓からの贈り物をしっかりと抱きしめた。


素直じゃなくても 意地っ張りでも
キミはそのままで可愛い
そこに居てくれるだけで可愛い
キミはキミのままでいい
それだけでボクは世界一幸せ

                〈END〉

あとがき
たくさんの人に愛されているギンルキ前提総受けルキア誕生日SSです♪ルキアちゃん大好き!!脳内ギンに負けないくらい私も愛しているよ(深愛)


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