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絡繰匣(からくりばこ)〈前編〉

CAUTION!
イエーイ♪七夕に間に合った!今回の小説『絡繰匣』は前編が全年齢対象,後編をR18としてお送りする予定です。ギンとルキアはお付き合いしております。前提としては『着物に纏わる嫉妬』シリーズです,つまりLoveLoveです♡
七夕にちなんで北海道の大地から見上げる素晴らしき天の河御覧ください

現世に出没した新型虚の調査隊に選抜されていたルキアを出張ついでに迎えにやってきたギン。なんだかんだで現世で一泊することを決めた二人の前に調査中であった新型虚が出現し…
箱詰め妖怪『絡繰匣』自分の箱状の身体の中に出会った生き物を閉じ込める妖怪。外へ出ようと暴れると,箱を小さくしたり回転したり飛んだり跳ねたりして獲物が混乱する様子を見て楽しむ。逆に諦めて大人しくしているとそのうち蓋を開けて消えてしまう。


「一体何が起こったのだ?」

凛とした強気な声ながらも状況を把握できず戸惑いを含んだ少女の声が目の前にいる相手に問いかける。人間よりは夜目が効くとはいえ墨を流したかのような闇のせいで姿はうっすらとしか見えないが,輝く銀髪が縁取るその顔の輪郭の動きで男が微かに嗤ったように思われた。
まわりは漆黒の闇,かなりレベルの高いトラブルに巻き込まれているというのに,焦るどころか,むしろ今の状態を楽しんですらいるかのような落ち着き払った様子が伝わってくるのが少々癪に障る。

「こんな状況,ボクかて初めての経験やもん。説明しとうてもできんよ」

「使えぬやつだ」

「あぁ―ひどいやん,ルキアちゃん。ボクと一緒でよかったとか言えんの?」

くくっと喉を鳴らすようないつもの人を喰った嗤い声が聞こえる。

人が現世での生を全うし肉体から離れた魂が還る場所,尸魂界。
常世に還る魂を導き,整なる魂を襲う堕ちた魂を斬り,その刃にて堕ちた魂をも救う霊力を持って生まれ,その定めを担う存在,死神。
そして選ばれし死神たちを束ねる誇り高き集団は護廷十三隊と呼ばれる。

目の前にいる男に話しかけた少女は護廷十三隊十三番隊隊士朽木ルキア,膝を突き合わせるほどの至近距離で座っている男は護廷十三隊三番隊隊長市丸ギンである。
そのいつもと変わらぬ飄々とした態度に苛立ちながらも,全く状況が見えぬ中で少なくとも隊長であり一応恋人でもある,この男と一緒であることに少し安心もしている自分に,ルキアはわずかに苦笑した。
今,ギンとルキアは丁度ふたりが入っていっぱいになっている四角い箱の中に閉じ込められ,身動きすらままならない状況であった。
光の一筋もない真の闇の中ギンの声が聞こえるだけでも正直ルキアはありがたいと思った。口にだす気は断じてないが……。
なぜふたりがこんな状況に陥ったかというと話の発端はいささか過去に遡る。



ここは現世の東北地方岩手県遠野市,様々な妖怪や幽霊譚の宝庫である東国遠野の山奥。
10日ほど前,新種の虚が出たという一報が尸魂界に入った。
しかし,虚が出現したというのはあくまで整霊から聞き出した情報のみであった。巡回をしていた管轄の死神が駆けつけたときには息も絶え絶えの整霊が転がっているという状況だけが,その新種の虚による襲撃の痕跡の全てで,手がかりは何一つなかった。
死神たちが常に後手後手に回ってしまったのは,整霊たちを襲ったその虚が伝令神機のレーダーに映らなかったからだった。
襲われた整霊たちの話によるといきなり捕まり,箱状のものに閉じ込められ霊力を搾り取られたという。ただ,奇妙なことにかなりの数の整霊が被害にあったという報告はあれど,整霊が捕食されたという報告はなかった。襲われた者たちは衰弱こそしているが無傷で皆無事に尸魂界に魂葬されていった。無論,まるごと食いつくされたという事態も考えられるが衰弱し,消滅した霊の反応は担当死神の伝令神機に表示されてはいなかった。
整霊が殺されると言う最悪の被害が出ていないまでも,そのような事件が起こってからでは遅い。伝令神機のレーダーに反応しない特性とその目的を予測し得ないサイコパス的特殊虚の出現か?その状況の異常さを重く見た護廷十三隊一番隊隊長山本 元柳斎 重國は緊急討伐先遣部隊を編成し,ことにあたらせるため現世に派遣した。
その際,比較的人手の大量投入が可能であった十三番隊の隊士で構成された先遣隊の一員として朽木ルキアは探索に向かったのであった。
先遣隊は草の根を分けるほどの緻密さで山々を駆け巡り虚の痕跡の探索を続けた。
しかし,どれだけ綿密に調査をしても雑魚虚の一匹すら出てこず,新たな事件も起こらなかった。何の収穫もないまま日にちだけが過ぎ,ついにはこれ以上の人員を割くわけにはいかないという隊首会の決定のもとに一時撤収となってしまったのだ。
それぞれに無念な気持ちを抱え現場を後にする死神たちの士気は当然上がるはずもなく,日もすっかり暮れた遠野の深い山中は死神たちの沈黙に呼応するかのように神秘的なまでの静けさであった。
地獄蝶の迎えに穿界門が開き,なんの成果もないことに落胆しながら他の隊士と共に帰還の途につこうとしていたルキアを不意にのんびりとした声が呼び止めた。

「ルーキアちゃん。お疲れ―♪キミも仕事終わったん?」

「な!?ギン……っと…市丸隊長!なぜここに?」

振り向いたルキアは大きな菫色の瞳をまん丸に見開き驚愕した。
目の前にいるのは長身痩躯,銀髪キツネ目,そしてルキアの恋人,三番隊隊長市丸ギンであったのだ。
部下も連れずにこんな場所に不意に現れたギンにルキアが驚くのも無理はなかった。
三番隊隊長であるギンは今回の特殊虚調査の先遣隊とは無関係であり,そして隊長を呼び出すような事件など,少なくともこの遠野では起こっていない。ましてや虚の痕跡すら見つけていない先遣隊に隊長格が合流する理由は欠片もなかったからだ。
そんな恋人の戸惑いをよそに,ギンはにんまりと嗤いながらルキアの肩に両手を置くと,さもわざとらしく悲しげに言い募った。

「相変わらず,つれないんやねえ,ルキアちゃんは。愛する恋人が迎えに来たんやから,もう少し嬉しそうな顔してくれたかてええんやない?」

「だ,誰が愛する恋人だ?い,市丸隊長!からかうのもいい加減になさってください!!」

顔を真赤にしてギンを押しやるルキアに今回の先遣隊の責任者である十三番隊名物コンビであるふたりの第三席,小椿仙太郎と虎徹清音は珍しく目をみかわし肩をすくめた。これでバレてないと思っているのだから,ルキアの鈍感さも筋金入りである。
ふたりが恋人同士であることは護廷十三隊の誰もが知っていることで,当のルキアだけが必死に否定しているのと,断固認めていない一部の者達以外にしてみればもうあからさま過ぎて冷やかすのはおろか噂にすら上らないというのが現状であるというのに……

「朽木さん,あとはもういいから市丸隊長に送ってもらいなよ。浮竹隊長にはうまくいっておくから」

清音は三番隊隊長であるギンに気を使ったのか気の抜けたような笑みを向けるとルキアを促した。

「そ,そんな,私は市丸隊長とは何も……」

真っ赤になって否定するルキアの可愛い言い訳に苦笑しながら仙太郎も短い顎髭を撫でながら言った。

「まあ,何も成果がなかったのはなんだが,このへんに怪しい気配もないし,おまえはゆっくり市丸隊長に送ってもらえ!」

「小椿殿まで!私はそんな!」

「ほらほら,上司がええて言うてるんやから♪」

「ちょ!待て…離さぬか!」

がっちりとギンの腕の中に捕まって慌てるルキアを残し,
では朽木をよろしくお願いしますとふたりの三席はギンに頭を下げると他隊士達を促し,穿界門をくぐり尸魂界に帰還してしまった。先遣隊の最後の一人の死神が消え,門が閉じられていく。
バイバーイと手を振りながらご機嫌で自分をしっかりと抱きしめているギンの腕を軽く叩き,離すように促すと,ルキアは正面に立って向かい合い,腰に手をあて長身の恋人を厳しい顔で見上げ睨みつけた。

「結局,なんでおまえはこちらにいるのだ?」

恋人同士の時の普段の口調になっている。
怒っている様子も可愛らしい恋人をしげしげと愛おしげに見つめながらギンは口を開いた。

「ルキアちゃんのお迎え目的だけで来たんやって言いたいところやけど,ちゃんとお仕事で来たんやで。現世派遣中の駐在勤務の死神から手ごわい虚が現れたから救援が欲しいて要請が入ったんやもん」

ドヤ顔で得意げに笑う恋人をルキアは疑わしげに見つめた。

「隊長のおまえが出張るほど強力な虚が出たのだとしたら,こちらにも報告がきているはずだ。 そんな連絡がきていないところを見ると中堅クラスの席官で十分に間に合う件であったのではないのか?おおかた,その者を脅して無理に代わって現世に来たのであろう?」

そう,隊長格が救援で現世に派遣されるなど,大虚クラスの危険な虚でもない限りありえないことであった。あまりにも鋭い洞察と指摘にギンは一瞬詰まったが,苦笑いを浮かべごまかすようにルキアの肩を抱いた。

「ルキアちゃんは,ほんまに固いなぁ。まあ,さぼって来たわけやないんやから,そないに怖い目ぇで見んといてや」

「当たり前だ。隊長たる者,少しは周りに模範を示せ!」

そう厳しく言いながらも,仕事とはいえ何日も尸魂界を空けた自分に会いたくてなんとか都合をつけてやって来てくれたことを思うとやはり嬉しい。
ルキアは笑みを含んだため息を小さくつくと大人しくギンに肩を抱かれて山道を歩き出した。そんなルキアの様子にギンは安心したように尋ねた。

「ルキアちゃんは義骸持ってきてるん?」

「ああ,何が起こるかわからぬゆえ一応。それがどうかしたか?」

ルキアは長身の恋人を見上げながら訝しげに答えた。義骸とは死神の霊圧が極端に低下した時の回復と現世に姿を現さねばならぬ時に用いる霊子で作られた仮の肉体のことである。

「そらよかったわ。明日はルキアちゃんは非番やろ?現世でお泊りしてかん?」

「なんだと?」

「近くに小さいけどええ温泉宿があるんよ。調査,調査で疲れも溜まっとるやろ?温泉はいってゆっくりするとええと思わん?」

にこにこと満面の笑みでルキアに外泊を促すギンにルキアはまぶたを半分落とし,じろりと横目で睨みつけた。疑わしげな軽い苛立ちを含んだルキアの表情をしげしげと見つめながら,ギンは嬉しそうに胸の内でつぶやく。

(たまらんなあ,この顔。めっちゃ色っぽいわ♪)

そのやや流し目気味になる,長いまつげに縁取られた上目遣いはルキアの年頃に合わぬほど大人っぽく冷艶であった。そう,誇り高い少女の冷たい色気とでも言おうか,恋人の自分ですら見とれてしまうほど美しい。
だからギンはルキアの笑顔に劣らず,怒った時の顔も大好きなのだ。
実はその顔が見たくて恋人同士になる以前に意地悪やいたずらを仕掛けまくってルキアを困らせ怒らせてばかりいたギンなのである。
その眼差しに,表情に,ゾクゾクするほどそそられるのだが,そんなことを言えば叱られている時に不真面目だとさらに怒ることは間違いないので口には出さないが……
そんな想いを知ってか知らずかルキアの答えは至極簡潔であった。

「断る!!」

「え…なんで?」

「おまえのことだ!どうせ部屋はひとつしか取れておらぬだろうし,風呂は混浴なのだろう?」

今度は図星をさされてもギンは少しも慌てなかった。
にんまりと笑うと立ち止まり,肩を抱く腕を外しルキアに向き直る。一瞬身構えるルキアの小さな柔らかい手を取り,自分の大きな手で包み込むように握ると,その手にもう片方の手を添えて優しく撫でながら顔を寄せ耳元に囁いた。

「ボクら恋人同士なんやから,お泊りするのになんの不都合もないやろ?ルキアちゃんは嫌なん?」

甘い吐息のようなギンの言葉にビクンとルキアの身体が反応する。頬がほんのりと薄紅をはき菫色の瞳が伏せられる。ルキアにはごまかしは通じない。ストレートに思いの丈を告げるのが一番効くのだ。

「…っっ…たわけ……」

まだ言葉は頑なであるが,恥じらうように頬を染めたいつもながらの初々しい恋人の反応を見て,ギンは満足気に笑うとルキアと手をつないで再び歩き出した。どうやらルキアの言葉を承諾ととったようである。概ね間違ってはいないのでルキアもあえてそれ以上の抗議はせずギンの大きな手をそっと握り返した。結局,ギンの我侭を受け入れてしまっている自分に内心呆れながらもルキアは繋がった手のひらの温かさに幸せを噛み締める。
離れていた時間に寂しさを感じていたのは本当はルキアも同じなのだ。

(まあ…今回だけはいいか…)

口には出さぬが胸のうちでつぶやき己に言い訳をする(もう何回も同じ台詞を呟いていることは敢えて考えない)
遠野の山中はうっそりと樹々が密集し,闇の色が濃く月明かりすら届かないように思われたし特殊虚のことも気にはなったが,ギンと一緒であれば少しも不安などルキアは感じなかった。静寂を楽しむかのようにしばらく無言で歩いていたふたりであるが,不意にギンがくちを開いた。

「ルキアちゃん,ここ遠野に伝わっとる伝説て知っとる?」

「なんだそれは?」

「妖怪話がいっぱい伝わっとるんよ。天狗に,河童,鬼,座敷わらし,油すまし……。人間の想像力から生まれた不可思議な妖かしの物語がたくさんあるんやて」

「人間に悪さをするのか?」

ルキアはギンの顔を見上げながら尋ねる。
絵本や童話が好きなルキアは興味を引かれたのか話の続きをギンに促した。

「まあ,大概は脅かしたりからかったりする程度やね。滑稽でおちゃめな妖怪も多いんよ」

「……興味深いな」

明日は非番であるし,遠野の妖怪譚を辿りながら,ふたりで遠野市を観光できたら楽しいかもしれぬとルキアが微笑んだ瞬間,異変が起こった。

ズズズズズッ―――――

突如ギンとルキアの足元が揺らぎ目の前にそそり立つような闇色の壁が出現し,瞬く間にふたりの視界を塞いだ。

「ルキアちゃん!」

一瞬早く気づいたギンはとっさにルキアの手を引き,軽々とお姫様抱っこで抱え上げると瞬歩を発動させた。瞬時に霊子で足場を作り空中高くに留まり様子を伺う間もなく,闇色の壁は大地から発射されたかのような速さでギンとルキアに迫ってきた。
護廷十三隊三番隊隊長であり,百戦錬磨の実力者ギンにすら気配を感じさせなかった敵の出現,壁は驚くほどの速さでふたりに追いつくと距離をとった状態で周りを取り囲み退路を断ちながら,包み込むようにその姿を変えていく。二人の足元にも頭上にも闇色の壁は迫っていた。
鬼道による結界であるのなら同等の霊圧かそれに相反する力をぶつけさえすればギンほどの実力ならば破るのはたやすいことであった。
しかし,ギンは一瞬の壁との邂逅で,ふたりに迫る壁が虚の霊子による拘束でもなければ,死神が用いる鬼道による空間結界でもない未知の霊圧とエネルギーを持っていることに気づいていた。おそらく鬼道をぶつけたところでなんの効果もないに違いない。

「ちょいと,厄介そうな相手やな。ルキアちゃん気張りや」

さして焦っているような口調ではなかったが,その言葉にギンの腕の中でルキアも確信した。整霊を襲った虚(?)はこいつであると。
虚の霊圧を持たず,出現する寸前までその気配すら感じさせない虚,そのため隊長であるギンにも,席官こそ頂いていないが実力では上位死神並の力を持つルキアにも,その存在を気取られることがなかったのだ。虚の霊圧を全く持たない虚,先遣隊がどれほど血眼になって探しても見つからないはずである。

「ルキアちゃん斬魄刀を!」

ギンはルキアを中空に霊子を固めた足場におろすと自身も斬魄刀に手をかける。
ルキアが頷き共に抜刀しようとするよりも早く壁はそれを察したかのように,空間移動をしたかと思うほどの神速で一気にその距離を縮めてきた。

「なっ!?」

「なんやて!?」

ギンとルキアは天にも地にも逃げ場を塞がれたことに気づき愕然とした。
口を開くよりも早く壁はふたりを呑み込むように包みこんだ。
ズズズと不気味な音をたてながら四方から迫る闇色の壁からルキアをかばうように抱きしめギンは叫んだ。

「ルキアちゃん,ボクに捕まり!離れんで!」

「ギン!ギンっ!!」

ふたりの叫びをあざ笑うかのように闇色の壁はふたりをとじこめたあと,箱状に変化していった。パタンパタン…パタンパタン
6回目のパタンという音とともに,壁は完璧な立方体の箱と化した。
ふたりを閉じ込めた闇色の箱は口もないというのにケラケラケラ…と,ひとたび楽しげに笑うと静かに鎮座するかのように大地に降りると動きを止めた。



という経緯で二人は箱の中に閉じこめられてしまったのだ。

もちろん,閉じ込められたふたりが手をこまねいていたわけではない。
ギンとルキアは何とかして脱出しようと,試しにごく弱い鬼道を放ってみたり,斬魄刀を開放して壁を切り開こうとしてみたのだ。しかし,壁は確かに存在し,触ることもできるというのに鬼道も斬魄刀もまるで手応えがないのだ。やはり死神の霊圧とも虚の霊圧とも異なる構造を持つ霊子によって構成されている謎の新型虚(?)のようである。
十二番隊の涅マユリ隊長ならばさぞかし喜ぶ研究対象であろうが,現在閉じ込められているふたりにしてみればまさしく八方塞がりであった。
もっとも,閉じ込められているだけで危害を加えてくる様子もないので無駄に体力を失うよりもしばらく様子を見ようという結論に達し現在に至るのである。

「虚ならば我々死神の霊力はご馳走だろうに,閉じ込めるだけで危害を加えてくる様子もない。整霊を襲ったのはこやつに間違いなかろうが,ずいぶんと変わり種の虚だな」

「相変わらず真面目な意見やね,ルキアちゃん。ボクも死神やってて長いけどこんなタイプの虚には会うたことないなぁ。案外,虚やないかもしれんよ」

何とか状況を把握しようと考えこむルキアにギンは意味ありげに答えた。
ギンの何やら含むような口ぶりに引っかかるものを感じ,ルキアは小首を傾げる。

「こんな状況は初めてだと,先ほどは言ったと思うが?」

「経験するのは初めてやけど,これから起こることによっては説明がつくかもわからんわ。まあ,向こうさんの出方次第やね」

ギンはそう言うと,くくっと嗤った。その,むしろ楽しげでどこか期待を含んでいるような言葉にルキアがさらに問いただそうとしたその時,いきなりふたりを閉じ込めている箱がぐらりと動き出した。

「うあっ!!な,なんだ?」

バランスを崩し,ギンの胸に倒れこんだルキアをしっかりと受け止め,抱きしめるとギンは耳元に笑いを含んだ声で囁きかけた。

「始まったようやね」



〈後編〉に続く




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