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昏き河

心から敬愛していた上司である志波海燕を斬った,あの雨の夜から一ヶ月――
朽木ルキアは鍛錬という名のもとに自身を痛めつける日々を送っていた。隊務を終えた護廷からの帰り道,降りしきる雨のなか無理が祟り貧血を起こしたルキアは,市丸ギンの屋敷の前で崩れ落ちてしまい…
どしゃ降りの雨の中,朽木ルキアは走っていた。

隊舎を出た時はまだ小降りであったので,本降りになる前に走って帰れば良いと思い帰路についたのが裏目に出てしまった。
昨夜からやや体調が悪かったルキアは,喜んで帰りたいとは思えぬ家ではあるが朽木邸に早く帰って休みたかったのだ。温かな情の通わぬ家ではあるが,少なくとも乾いた着替えと寝具がある。今はそれだけでいい。
急にひどくなった雨脚のためにルキアの全身はすでにびしょ濡れであった。体に張り付いた死覇装が気持ち悪く,ひどく重く感じられる。
ルキアは小体な屋敷の前で立ち止まり短く息を吐いた。頭がズキズキと痛み全身に寒気が走る。気休めにしかならないがルキアは懐から,すでにしっとりと水分を含んでしまった手布を取り出し,滴る雨粒を拭った。カチカチと歯が鳴り身体が小刻みに震える。
到底やみそうには思えないがそれでもすがるように天を見上げたその時,くらりと,ルキアの視界が反転しかけた。ズキリと電撃が走るように頭痛がこめかみを突き抜ける。
激震のような頭痛は目眩を伴い,ルキアの平衡感覚すら奪いかけていた。
必死で門柱にすがり身体を支え,かろうじて倒れるのをこらえたがルキアは思わずその場にうずくまってしまった。
原因は分かっていた。ここ数週間もの間ろくに睡眠も休息も取らず隊務と修行に明け暮れ,食事さえもほとんど取っていないせいである。

そう,あの恐ろしい夜以来ずっと……

しかし,これほどの体調不良の状態でもルキアは朽木邸に連絡をして迎えを頼むことはしたくなかった。
名門中の名門四大貴族朽木家の養子となって一変してしまった自分には身に余るほどの過ぎた環境。
十分な食事,高等教育,洗練された立ち振舞を学ぶ様々な習い事を受けている身で,体調を崩してしまったことさえ申し訳なく思っているというのに家のものに迎えに来てもらい,更なる迷惑など到底かけられるはずもなかったし,かけたくもなかった。
そして,何よりも義兄である朽木白哉に知られたくなかった。
これほど充実した英才教育を受け,卒業すら待たず護廷十三隊十三番隊に所属させてもらいながら未だ結果を出せていない情けない身で,己の唯一の取り柄である健康までも失われてしまうのだけは耐え難かったのだ。
自分に生き写しだったという亡くなった義兄の奥方が病弱であったということもあって,ルキアは朽木家で手厚いほどに健康には気遣われていた。事実,今日この日までルキアは風邪ひとつ引いたことがなかったのだ。
それだけは丈夫な体に恵まれたことを感謝していた。
しかし,そんなささやかな誇りさえ,己の不摂生で失われ,義兄の中でまたひとつ自分の価値が消えてしまうのがルキアは自分の体調などよりもはるかに気になり,辛いことであったのだ。

(大丈夫……大丈夫だ……少し休めば……)

ぐっしょりと冷たい雨に濡れた死覇装はルキアの体温と気力を奪っていく。ひどく寒く,思いとは裏腹に立ち上がることすらできない。

「はぁ…はぁ……」

短く吐く息が白くけむる。すでに夕刻が近い,気温が徐々に下がっていく。
再び激しい頭痛と目眩に襲われ,思考に霞がかかる寸前,ルキアは背後から声をかけられ肩を掴まれた。

「ルキアちゃん,キミこないなとこで何しとるん?」

霞みゆく意識が人声で僅かに覚醒する。
瀞霊廷内で自分を『ちゃん』付けで呼ぶ者はほとんどいない。
それに聞き間違えようのない独特の口調。
人物に思い当たった瞬間,大きな蛇の目傘をさし,中腰になりながらルキアの顔を覗き込む三番隊隊長市丸ギンと目が合った。

「い……市丸……ギン……なぜ……ここに……」

朦朧とした頭は隊長に対する礼儀正しい口調を繕うことさえ忘れさせていた。
ルキアのぞんざいな口調を咎める様子もなく,ギンはやれやれという顔で口元に苦笑を浮かべた。

「それ,こっちの台詞や。キミ,ボクんちの前で何しとるん?」

「貴方の家……?」

「そや。来るのは初めてやろ。もっとも遊びに来てくれたわけやなさそうやね?」

「偶然だ……失礼した」

ギンの顔を見たせいか,緊張でやや気力が戻ったルキアは勢い良く立ち上がろうとした。

ッキ――――――――ン

「うっ……」

立ち上がると同時にまたもや襲ってきた目も眩むような激しい頭痛にルキアは頭を押さえてよろめいた。緋色の蛇の目傘がくるりとまわる。小さな体をギンは難なく片手で受け止め支えた。

「っと……危ないなあ,ルキアちゃん。そないな身体で家に帰りつけるわけないやろ。それにキミの家とここは反対方向やで」

「……え?」

近道を使って帰ろうと思っていたのに,いつの間にか自分はとんでもない方角に向かっていたらしい。青ざめた顔に微かに血が上る。
しかも,よりによってこの男の家の前で醜態を晒すとは……
ルキアのそんな様子には構わず,ギンはルキアの肩を抱くとそのまま抱えるように自邸の門をくぐった。

「なにを……?」

「こんな状態のルキアちゃんを一人で帰せんよ。うちで休んでいき」

「いらぬ……お世話だ……」

いつものように自分を押しのけることもできず,支えてやらなければ立っていられぬほど体調が悪いというのに,口調だけは強気のルキアにギンは常になく諭すように言った。

「この雨はやまんよ。朽木の家につくまでにもっとずぶ濡れになってまうよ。ルキアちゃん瞬歩出来へんやろ?」

「……」

ルキアの唇が悔しげに噛み締められた。それでもまだ逡巡する藍紫の瞳を見つめながらギンは最後の一押しを口にした。

「お兄様に心配かけたないんやろ?」

「……!?」

ルキアの身体から力が抜けた。膝をつきかけた華奢な身体を掬い上げ,軽々と抱き上げるとギンはルキアを自邸へといざなった。いつもの背筋を伸ばし,凛とした大人びた雰囲気は消え,ぐったりと身を任せ瞳を閉じたルキアはひどく子供っぽく無防備に見えた。
青ざめた頬に,影射すほどの長いまつ毛が綺麗だと不意にギンは思った。寒さのために色を失った形よい唇も,完璧な線を描く尖った細い顎も,なにもかも。
それにしても,なんという軽さだろう。あの事件以来ルキアが自分をいじめ抜くかのように,ほとんど休息も取らず隊務と鍛錬に明け暮れていたことをギンは知っていた。
無理がたたった小柄な身体は小鳥の羽根のように軽く,この腕の中で消えてしまいそうな錯覚を覚えるほどだ。そのあまりのか弱さ儚さに,柄にも無くギンの胸は絞めつけられた。
玄関をくぐるとギンはすぐにルキアを奥の自室まで運びこんだ。そっと畳の上におろし,身を横たえさせると隣に手早く布団を敷き,乾いた手ぬぐいと自分の夜着も用意した。肩に手をかけ,ルキアに呼びかける。

「ルキアちゃん,聞こえるか?濡れたもの着とったら身体に毒や,自分で着がえられるか?…ルキアちゃん?」

何度呼んでも返事はない。
ギンはルキアの額に手を当てた。燃えるように熱い。意識はすでになく身体は小刻みに震え,苦しげな短い呼吸音だけが部屋に響く。

「こら,あかん!」

ギンは躊躇うことなくルキアの死覇装の帯を解き始めた。
じっとりと水分を含んだ重い死覇装と襦袢を脱がすと,白く艶やかな華奢な肩が顕になる。ささやかであるが形よい胸,引き締まった滑らかな腹部,ギンの両手の中にすっぽりと入ってしまいそうなほどに細い腰,成熟とは程遠いが可憐な少女のまだ咲き初めぬ花の蕾のような美しい身体であった。
普段は硬質な輝きを持つ白磁の肌が,熱のせいかしっとりと内部から光るように薄紅色を帯び,うっすらと胸元ににじむ汗からは甘い香りが立ち上る。そんな場合ではないと頭ではわかっていたのに,我知らずゴクリと喉が鳴るのを抑えられない。
体の奥からぞわりと溢れそうになる淫靡な熱に堪えながら,ギンは丁寧にルキアの濡れた身体を手ぬぐいで拭き清めていった。
その壊れそうなほどの繊細さに触れる背徳感が欲望を煽る。

「……んぅ……」

微かに触れた胸の飾りにルキアの身体がぴくりと反応し,唇から小さな喘ぎが零れた。
ギンはぐっと薄い唇をかみしめ辛うじて昂ぶりをこらえ,ルキアの身体を拭き終えると大きすぎる己の夜着を着せかけ寝具に横たえた。
濡れた着物を着替えさせる,それだけの行為に我知らず息が上がっているのを自覚する。
熱に臥せって前後不覚のルキアを襲う気持ちは毛頭なかったものの,なけなしの理性を総動員しなければ危ないところであった。

(なんやボクらしゅうもない。がっついとるんか…)

心のなかでひとりごちながらも,そっと掛け布団をかけてやり,その人形のような端正な顔を見やった。
乾いた夜着に着替えさせられ布団に包まれて安心したのか,ルキアの表情がわずかに和らいだように見えた。それでも寝息は苦しげで悪寒のせいか全身が微かに震えているように見えた。もっと温めてやらねばと思っても,あいにく夜具は今ルキアが寝ている敷布団と薄い掛け布団しかない。
客などほとんど訪れることもなく、来たとしても泊まっていくことなど更にないギンの自宅には予備の寝具などなかった。ギンはしばらく考えていたが,ふっと口元に笑みを浮かべた。

(まあ,看病の役得っちゅうことで……)

ギンはすいと立ち上がると隊長羽織を脱ぎさり,ゆっくりと己の死覇装の帯を解く。
死覇装が乾いた音をたてて畳に落ち,ギンは下帯姿となった。細身であるが,素晴らしく均整のとれた程よく筋肉のついたひきしまった身体が外気にさらされ,ひやりとする。
そっと夜具をまくり,眠るルキアの夜着の帯に手をかけるとしゅるりと解いた。
先ほど自分の眼前にさらされた可憐な裸体が再び顕になる。
せっかく着せたというのに再び脱がせている矛盾に苦笑しながらギンはそっとルキアの隣に身を横たえると震える小さな身体を己の胸に抱きしめ互いの身体をくるむように夜着を掛け,更に布団で包み込んだ。
ギンの引き締まった胸に小ぶりながら形の良い柔らかなルキアの胸が押し付けられる。
愛らしい飾りがギンの胸に擦りつけられた時,微かに硬くなったのを感じ,生理現象であるとわかっていてもゾクリと背筋に震えが走った。
ギンはルキアのほっそりとした足を自身の足にはさみ,しっかりと背中に腕をまわし,包み込むように抱きしめる。自分の体温が確実にルキアに伝わるように,労るように,護るように。それは,まるで親鳥がひな鳥を羽の下に庇うような,宝物を優しく真綿でくるむような優しい仕草であった。

「ん……」

しっかりとギンの胸に抱かれ寝間着と布団にくるまれたルキアは微かに身じろぎすると,うっすらと笑ったように見えた。ギンはまだ濡れているルキアの艶やかな髪を撫でた。
ルキアの肌は柔らかく,しっとりと吸いつくようになめらかで,触れ合うだけでひどく心地良かった。時折苦しげに短く息を付く様子は快楽の喘ぎにも似て,ギンの心をそそった。

(あかんなぁ……これじゃ役得どころか生殺し状態や……)

ギンの口元に微苦笑が浮かぶ。身体の中心が滾り始めるが,自分の胸に抱きしめられた瞬間にルキアが浮かべた安心したような表情を思うと不埒な行為に出ることなどとてもできそうもなかった。
ギンは腕の中の少女をじっと見つめた。

(やっぱり綺麗やな。キミは……)

こんなにも傷つき,身も心もズタズタになっていても,それでもルキアは綺麗だった。
新型虚に霊体を乗っ取られた,十三番隊副隊長斯波海燕をルキアが斬った夜から今日まで,瀞霊廷内では様々な憶測と心無い噂が流れていた。
それが,どれほどルキアを傷つけたかは想像に難くない。そして,これほどの深い傷を心に負った義妹を慰めるでもなく庇うでもなかった義兄,朽木白哉。
そんな冷徹な義兄と暮らす日々は針の筵であっただろう。
新型虚の特殊性も,これまでに報告の無かった異能力も,隊長・副隊長と同行していたとはいえ平隊員であるルキアにどうにか出来るような事件ではなかった。その極秘報告は白哉のもとに届いているだろうが,それでも白哉は義妹に言葉をかけることはなかった。
いっそ,上司の補助も満足に出来ず為す術もなく死なせてしまった不甲斐ない己を叱ってもらったほうがまだルキアの心は慰められたに違いない。

(八方塞がりやね……)

己が望んだこととはいえギンの胸は軋むように痛んだ。
そう,ルキアから上司である海燕を奪ったのはほかならぬ自分であったからだ。

藍染惣右介,己の元上司五番隊隊長の生み出した恐るべき実験体である新型虚は霊体を乗っ取りその姿と技をコピーする。その能力を測るために襲わせる相手は実のところ高い霊圧を持つ相手ならば誰でも良かった。三番隊と五番隊,そして九番隊以外の席官以上の死神であれば別にどこの隊の者でも構わなかったのだ。
生贄は志波海燕である必要さえなかった。しかし,ギンは藍染に進言したのだ。

「この新型虚,十三番隊の管轄の森に放っても構わんですか?」

藍染は冷たい笑みをたたえたまま,見透かすかのようにギンを見つめるとくちを開いた。

「構わないよ,データさえとれるならね。君の望む通りにすればいい……」

最初,十三番隊の第三席が討伐に向かったのは計算外であったが,海燕の妻であったその席官が殺されたことを知った時,事態はギンが望む以上の方向に進んでいった。
ずっとルキアが尊敬し,思慕すら抱いていた男をルキア自身が斬り殺すという思わぬ結果さえ伴って……
邪魔者はもういない。いつもいつも自分がルキアにちょっかいを出そうとするたびに現れ,ルキアを救う騎士よろしく連れ去っていった男。安々とルキアからの尊敬と信頼を享受し,無邪気にルキアを支配する男。そのくせ,ルキアから特別な思いを寄せられていることに最後まで気づかぬふりをし続け,己自身の想いさえ騙し続けた大嘘つきの朴念仁……

そう,ギンは志波海燕が大嫌いであった。

良い上司,頼れる兄貴のような立場を装いながら,ルキアが己の存在に気づいていない時の海燕の眼差し。それは,断じて上司が部下を見つめるものではなかった。
その推測が的中していることを自覚したのは西流魂街三地区北端鯉伏山にて海燕がルキアに個人的に稽古を着けているさまを見た時であった。
ルキアの霊圧を追いかけ踏み入れた護廷十三隊の鍛錬地域である鯉伏山で,己の霊圧を消してふたりの様子を樹の上から伺っていたギンは海燕の様子をみて確信したのだ。

(こいつ…ルキアちゃんの想い知っとる,こいつもルキアちゃんのこと……)

ルキアが視線を外した時にだけ見せる,あまりにも甘やかで危険な色を帯びた男の視線。狂おしいほど切なげな瞳,突き刺さるほどに熱くルキアに注がれていた海燕の想いを見たときギンの反感は憎悪に変わった。
海燕がルキアに注いでいた愛しさと憧憬に満ちた眼差し,それは紛れも無い一人の女への慕情,恋慕であったからだ。そして,ルキアが振り返ったとき瞬時につけられた頼もしい兄貴のような上司の仮面…偽善,虚偽,欺瞞に満ちた偽りの笑顔。

ギンの憎悪が殺意を帯びた瞬間であった。
何があっても,どんな手を使ってでも,この先この卑怯な男の瞳にルキアを映すことは許せない,許さないと……


はぁはぁという苦しげな息遣いに回想に耽っていたギンは我に返った。ルキアの息が荒い。先ほどまで氷のように冷えきっていた身体が火のように熱く,しっとりとかいていた汗は乾いていた。尋常ではない高熱。

(あかん……)

ギンはルキアから身を離すと,下帯姿のまま縁側に向いた襖を開け放し庭に出た。降りしきる雨など気にすることもなく井戸端に走る。
つるべを動かし氷のように冷たい井戸水を汲み上げると肩から全身にざぶりと浴びせかける。
ギンの引き締まった身体から玉のように水滴が,はじかれるように流れ落ちていく。
続けざまに何度も水を被り全身が冷え切ると,ギンは身体をぶるりと震わせ水滴を落とすと再びルキアのもとに戻った。
手早く余分な水滴を手ぬぐいで拭き取り,再びルキアに寄り添うと,ギンは氷のように冷えきった身体で炎のように熱いルキアの身体を抱きしめ冷やした。

「あ……」

ルキアの唇から安堵のようなため息が漏れた。
熱を出した時に冷たい手のひらを額にあててもらった経験のあるものなら理解できるはずだが,人肌の冷気は温もり同様癒し効果が高いのだ。ルキアの熱で身体が温もる度にギンは井戸端に向かい再び冷水を浴び,燃えるように熱い少女の身体を冷やし続けた。普通の者ならこんな無茶な看病などできるはずもなかった。しかし,一見優男風でそうは見えないが鍛えぬかれた鋼のような強靭な身体を持つ護廷十三隊三番隊隊長であるギンだからこそ可能な看護であった。
 何度もその行為を繰り返した頃,炎のように熱かったルキアの体温が落ち着いてきたのを感じ,ギンはルキアの顔をのぞき込んだ。苦しげに寄せていた眉間の皺も消え,苦痛に引き結ばれていた愛らしい唇も柔らかく穏やかになっていた。ギンはほっと息をつぐと,枕元から水差しをとり直接水を含むと乾ききった小さな唇にそっと重ねた。柔らかな唇を己の唇で塞ぐように押し当て,ゆっくりと口移しで水を注ぎ込む。含ませた水がこくりと細い喉に嚥下されていく。微かに触れた小さな舌先,その甘く滑らかな感触に我知らず唇が歓喜に震えた。
辛抱強く幾度も注がれ,飲みたりたのかルキアの唇に微かに笑みが浮かび,何か言葉をつぶやいた。

(なんや?うわ言…?)

柔らかな唇に水を与えること無く己の唇を重ねようとしかけていたギンは好奇心にかられ,くちもとにそっと耳を寄せ,ルキアのつぶやきを待った。

「…海燕……殿……」

雨音が大きくなったような気がした―――

ギンは自分の腕の中でほかの男の名を呼んだ少女の身体を抱きしめた。
あの朴念仁の副隊長がルキアを抱きしめたことなどあの断末魔の瞬間以外なかったであろう。しかし……
今ルキアを抱きしめているのは自分であって自分ではない,ルキアは今ギンの身体の温もりの向こう側にいる海燕に抱かれているのだ。
ギンの胸の中に名状しようもないほどの切なさと苦い諦観が広がっていった。

これは罰なのだろうか…

ルキアのもとに心を勝手に残し,代わりにルキアの心を持ち去っていってしまった男……
直接手をくだしたわけではないが己が殺した男,憎んでも憎み切れないルキアの想い人。
海燕を殺めたルキアのもとに残された心がルキアに課せられた罰ならば,その死と引換に永遠にルキアの心を縛り付け苦しめ続けることになった男の身代わりになることがルキアの幸せを,愛を奪った自分に課せられた罰なのだろうか。
 この先,ルキアが誰を愛そうと,誰と幸せになろうと,決して消えることのない贖罪と悔恨は彼女とその相手との間に昏く深い大河のように横たわり,永遠に消えはしないのだ。

ああ,あの男が最後にルキアを抱きしめた刹那浮かべた臨終の笑みにはどれほどの闇と愉悦が込められていたのだろうか……

ルキアを愛してしまったことを認められず,そのくせ最悪のやり方でその心を呪詛のように縛り付けていった男。太陽のような輝かしい光を纏いながら,闇の申し子である己よりも深き深淵の闇をその明るい陽光の下に隠し持っていた男。

(あんな男のこと,まだ思うとるん……?)

愛する男の腕の中で眠る夢を見ているのか幸せそうな笑みを浮かべ眠り続けるルキアの顔をギンはじっと見つめた。
明日目覚めたとき,この腕が誰のものであったかを知りルキアは自分をなじるかも知れない。裸で抱きあっていたことを未経験の無知さ故に純潔を汚されたと誤解し,傷つき泣き喚くかもしれない。それでも構わなかった。
あの男への愛と悔恨に満ちたルキアの心に,憎しみであっても己の影を焼き付けることができるのなら,どんなひどい嘘だとてつける。

それこそ,嘘でなければなお一層好都合ではないか……ならばいっそひとおもいに。

ギンはルキアの小さな身体を労るように優しく抱きしめると,まだ微かに濡れている髪にくちづけをおとした。
手に入れることで永遠に失われる尊いものへと想いを馳せる。

冷たい雨は降り続いている。

答えはまだ出ない……


            〈END〉

あとがき
R15かなとも思いましたがセーフということで…うん。ギンはルキアの想いを独り占めにしていた海燕がすごく嫌いだったろうなと妄想していたらこんな話になりました。
R-18も近日中にUPいたしますのでお待ちくださいませ(愛)





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